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「こけた」 CIDPの症状の進行 [健康 CIDP闘病 リハビリ など]

「こけた」

 炎天下テニスから3年後:会社の階段を下りていた時、突然、踏み外し2,3段滑り落ちました。
それだけでけがも無く済みましたが。原因は?
 ・ひととしゃべりながら降りていた。
 ・足元をあまり見ていなかった。

でも、普通、考えないでやってますよね。それまで意識しないでやっていたことができなくなる、
これがはじまりでした。

 
階段で次の段に足を下ろしていく感覚、要領、位置が定まらない。
 一度これを経験してしまって怖くて手すりに触れないと階段上り下りができなくなっていきました。

 大学病院に検査入院。この、初期の、病気の診断がつくまでの検査と入院エピソードはいずれ別に。

 ここでは更にその後、入退院を繰り返し、障害が進行する部分を「足の障害」中心に書き始めてみます。

力が無くてできないというのとは、また別のこと。
でも、やがて、感覚の障害も運動・力の障害も両方、両足にやってきました。
 確か、手に不自由は未だ起きていなかったと思った。
 足の力が入らない、重い。革靴で歩いていると、やたらパタンパタン鳴ってしまい、
前を歩いている人が振り返る。
 階段の上り下りが難しくなり、辛くなりエレベーター、エスカレーターを使うようになる
と、ひとは、「体に良くない」、「足腰衰えるぞ」、「健康のために階段を使いましょう」
とおっしゃる。
 車いす使用でない限り障害は辛くないと思ってるなと感じました。
 歩かないから歩けなくなったのではない。
 歩けなくなってきたから歩かないのです。
 これも甘いのだろうか。


ひざ、足首周りのサポーター、テーピング、参考本も買って、やってみたが、
一時的に良いかな?、と思っても、やはり、無駄だったと思うものばかりだった。
 テーピングの本はある特定の商品を売らんがための本で、ある先生、
団体、メーカーのもうけ企画に映った。
健康食品と難病克服本の企画と同じようなものと感じた。
 あのとき、リハビリの先生や理学療法士さんと相談できたらよかった。


 
駅から家まで歩いていたら次第に足が重くなり、上がらなくなってきた。
途中、コンビニで買い物、ごまかしの休憩。
日に日に辛くなり、別駅まで自転車通勤にした。


 
自転車は気持ちいい、こどもの頃からサイクリングも好きだった。
 しかし、ペダルを踏み外す、ペダルが重い、停止時、かかとを浮かして足を下し、
立ち止まることができない。
サドルを下げ、足が地によくつくようにしたが、今度はこぎにくい。
バランスを崩すと、地に足をつけて踏ん張れなくなってきた。
そのまま、横に踏みとどまれず、全身転倒。
後、ヘルメット、気に入ったの選んで買ったが、使うより前に乗れなくなってしまった。
ああ、無駄遣い…。今でも頭部防護、避難用(無いよりましだろう)に置いてあります。


 
バスと電車の乗継に変更する。
できるだけ、近いバス停の路線を捜し、通勤経路を変えざるを得なかった。
バスや電車、乗り物好きで、それはそれで、違う景色、車両、人、空気、楽しさを感じた。
 バス停にバスが来ても、そこに見えてるのに、走れない。
 運転手さん、他の乗客の方、朝、定刻、忙しいのに、待ってくれた。
 暖かさを感じた。ありがとう、ほっとできました。
 バスのステップ、手すりなしでは上がれなくなってきた。
支払い、遅くて、でも、運転手さん、待ってくれたり、手伝ってくれた。
 席を譲られた。


 バス停にじっと立っていられなくなってきて、バス停そばから最寄の駅までタクシーを使うようになった。

 
満員電車で他の人より揺れに耐えられ無くなってきた。
つり革につかまっても辛く、他人の手を電車が揺れた拍子に、
つり革のプラスチックの握り手と近くの握り棒とに挟んでしまい、おもいきり顔面にひじ打ちを喰らわされた。
駅で降りて歩いているうちに気分が悪くなり、歩けない…、マックに寄って休憩しても、ダメ。
会社に足の痛みなどで、休むことを伝え、タクシーで帰宅、
ふて寝したか、パソコンで遊んだかな。
 翌日、上司からは明るく、軽く、「出社拒否症かい?」と、言われたが、仕方がない。
 社食に行くのもかったるい。
 この頃は、スーツ、革靴の会社員、装具も杖も使っておらず、
外見、足を引きずっているように、も、見えるかな程度でしたが、歩みは遅くなっていた。
人からはあまり重い病気には見えなかったでしょう


 
後ろから追い抜かれ、抜かれるのに邪魔にならないように、
通勤に急ぐ人の流れからはずれ、対向の人からじゃまだといわんばかりによけないで突進して来られ、避け切れず、けんかになりかけたこともあった。


 
まるで会社生活みたいだな、歩くのって…。そう思ったころから、
会社の仕事が、辛く、つまらなく、暗く感じ始めてしまった。
 創造的な仕事、学生に人気の企業。健康面に問題あれども、
意欲とアタマがあればなんとかなるって励まされてきた。
 いい案、企画を期待された。かなりのサポート。いい待遇なのだが。
 まわり、みんな優秀、一応理解者も多いのに。
 でも、企画は「絵」、自分で行動、実践できないと辛かった。
 可能性あるかないか、も、試せない、人に頼めない、頼んでも、先が見えず、
現状の、従来の仕事が重要で、新企画は現実困難だった。
 事務的なこと、細かいこと、歩き回らないとできないこと、
過去の自分の責任ある仕事の不備でも、自分ひとりで行動修復不能になってきた。
 忙しい人ばかりで、頼んでも、自分のペースで事が進むことがなくなってきた。
 一方で、遅れ、状況を知らない電話の向こうからは困惑、いらだちか感じられた。
 こちらからの電話も同じように辛いものになってきた。


 
薄暗い更衣室のロッカー前で、片足立ちで作業ズボンに履き替えられず、
遅れ、一人、うっすら痺れ始めてシャツのボタンをつらく感じ始めた手に一日の開始は重かった。


 
MSと言われた症状からCIDPの症状が主となっていると言われ、
ステロイドパルスという強力な治療法から当時CIDPに保険適用された
新治療法IVIGを試みたらと、切り替えることを主治医に勧められ、
治療入院はひと月程あとから始まった。


会社勤務が辛いと思いだしてから、10年以上我慢し耐えた、
 いや、ごまかし続けたのだろうか。

今日はここまで。

 

2016/10 追記とリンク 

人に話したくない、尋ねたくないこともあるのにね。

闘病記なんて自己暴露本じゃないかといいつつブログを続けているひといると聞きます。同感です。

今朝、TVで若きがん患者の苦しみ悩みについて見ました。

ウィッグつけて、なお、人に会いたくない。
かわいそう、というひとには心閉ざしてしまう。
外科手術後、自分としては、投薬治療が続き、転移や再発気にしてたたかいはつづくと おもって いるのに、直ってよかったねといわれ愕然。
健康なときは何でも話していた友なのに理解のギャップが大きすぎ。

なってみないと解らない、という思い、共通するところあると思いました。

女性CIDP患者の方はこちらのblogもぜひご覧ください。

http://blog.livedoor.jp/esa_cidp/archives/cat_140803.html


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